「むかしむかし、あたまはひとりぽっちでした。」頭と腕と足と胴体は別々で、頭はごろごろ転がって動くしかない。ある日、頭は腕や足や胴体と出会い、「これでどう?」「それとも、こうかな?」と工夫を重ねて、ようやくひとつに。そして木の上のサクランボをとってぱくり……。リベリア北部に暮らすダンの人々が子どもたちに伝えてきた物語で、人間はそれぞれが持ち味を出し、みんなで力を合わせることが大事だと物語っている。著者は語り部の一家に生まれ、昔話の語りを祖母に仕込まれて育った。ガーナの伝統的な旗からインスピレーションを得たという絵も楽しい。豊かでユーモラスなアフリカの文化を感じる絵本。
少女フライラは、おかあさんと畑仕事の帰りに小さなヒョウタンを見つけ、取ってほしいと言うが、おかあさんはもっと大きくなってからと言い聞かせる。家に帰りふくれっ面をしているフライラを見て、おとうさんは取ってやったらいいと言う。翌日ヒョウタンを蔓からもぎ取ると、ころころ転がり、フライラが駆け出すとついてくる。その上、「にくがくいたい」とフライラの足に噛みつき、逃げようとすると次から次へと家畜を食べてしまう……。作物はちゃんと大きく育つまで待たなくてはいけないという教訓を伝える昔話。絵は西アフリカの人々の暮らしや、物語の持つ滑稽な感じを、動きのある画面で効果的に見せている。初版は1999年「こどものとも」。
マリの語り部が語る中世バンバラ王国の物語の再話に、ドゴンの祭司の家に生まれた画家が絵をつけた絵本。ジョレの村は、種まきの季節にも雨が降らない。その原因は、森に住むひとりの男の子の悲しい呪いの歌だった。バオバブの木に登り「ジョレにあめふるな」と歌うその子は、村人によって森に捨てられた孤児。村人たちが説得しても木から降りようとしないが、ついに自分とそっくりの村の男の子のおかげで心を溶かす。無事に雨が降り、あらためて村に迎えられた男の子は、森の生き物から教わった知恵を王に認められ、やがて賢い王となる。単色の絵と静かに展開する物語は、森や自然の不思議さをしみじみと伝える。初版は1996年「こどものとも」。
昔、ひどく貧しい一家があり、男は悪霊の住む荒れ野を自分の麦畑にしようと決意する。まず足下のイバラを1本引き抜くと、地底から歌声が響いてきた。「おまえは、そこで、なにをしている?………いったい、………なにを?」男が答えると、「てつだってやる!」と悪霊たちが現れて……!? 作者はチュニジア生まれの映画監督で物語作家。現れるたびに倍に倍にと悪霊の数が増えていき、取り返しのつかない悲劇に陥るまで、読者はぐいぐい引き込まれてしまう。強烈な物語の力と凄みのある絵画がひとつになってリアルに迫り、救いのない結末に至る。昔話絵本の形をとってはいるが、圧倒的な表現力と深い読後感を味わえる。中高生に手にとってもらいたい1冊だ。
動物たちが仲よく暮らすニャサという湖の岸辺で、ある日、騒ぎが起こる。ゾウとカバが、それぞれ自分の大きさと力を自慢して暴れ出したのだ。怯える小さい動物たちの中で、賢いカメは知恵を働かせ、2匹に綱引きを申し込む……。タンザニア南部に伝わる昔話。イギリス在住の作者だが、タンザニアで過ごした少女時代に最も好きだったお話とのこと。細やかに描き込まれた動物や植物、自然の表情が豊かで、見飽きることがない。デザイナー出身の画家らしく、見開きごとの装飾模様やコマ割りも効果的で、趣がある。訳文も、親しく語りかける調子と、生き生きとした会話体によって、わかりやすく幸福な物語を伝えている。
シマウマの体はなぜしま模様なの? そんな子どもたちの疑問にこたえてくれる、ユーモラスなケニアの昔話。その昔、動物はみんな、うすぼけた情けない色だった。ある嵐の日、ジャングルのまん中に巨大な洞穴が現れ、そこには無数の毛皮の山が。ニュースを聞きつけた動物たちは洞穴に急ぐが、食いしんぼうのシマウマだけは食べることに夢中。シマウマがやっと洞穴に着いたときには……。ケニアをよく知る画家によって描かれた動物たちの表情がなんともおかしく、ラストでは思わずクスリと笑ってしまう。訳者はアフリカで何度も現地調査を行った動物学者で、本の冒頭には動物学的観点から見たこの本の解説がある。
3000年以上前のエジプトの昔話。パピルスに記録された文書と、同時代のエジプト美術や壁画をもとにしてつくられた絵本。結末はパピルス文書が紛失しているため作者が創作した。鮮やかな黄と青を下地に、神話の世界のような絵で物語が展開する。神への祈りが通じてようやく授かった王子が、ワニかヘビか犬に殺される運命を負い、3つの動物から隔離されて育つ。成長した王子は、旅に出て北のナハリン国(今のイラクの一部)に至り、塔に住む王女の窓まで跳躍するという難題をこなして結ばれる。王女の機転によりヘビから救われ、ワニと戦うが、犬に噛みちぎられる。しかし再び王女の力で蘇生する。
クモのアナンシには6匹の息子がおり、遠目がきくもの、道をつくるもの、川を飲み干すものなど、それぞれ特殊な技能に長けている。あるとき旅先で危険な目にあったアナンシを、兄弟で力を合わせて救い出す。さてだれに褒美をやったらよいものか、迷うアナンシだったが……。祖先を敬い、口承文化を大切にする土地、ガーナのアシャンティ地方に伝わる民話。クモのアナンシは、アシャンティ人の民話の中の英雄であり、愉快な人気者だという。本作は、アメリカの映画製作者である作者が映画化した作品を絵本化したもの。鮮やかな幾何学形を用いた画面は、アシャンティの伝統絵画にも通じる。リズミカルな展開、おおらかな物語を楽しみたい。
ガーナのアシャンティ地方の昔話の主人公で、クモ男とも言われるクワク・アナンセが活躍する愉快な絵本。その昔、空の王者ニヤメがすべてのお話を黄金の箱の中に入れて独占していた。アナンセはそのお話を買い取ろうと、クモの糸で長いはしごをつくり、ニヤメを訪ねる。ニヤメは、お話がほしいなら「ガップリかみま」のヒョウ、「チックリさしま」のクマンバチ、「コッソリいたずらま」の妖精を持ってくるように言う。そこでアナンセは知恵をしぼり……。テンポのよい物語の展開と、美しい木版画がアフリカの空気を伝える。アナンセの昔話はアフリカ中にあるわけではないので再版時には前書きを変えてほしい。1971年コールデコット賞受賞作。
昔々、太陽と水は仲よく地面の上に住んでいた。太陽は水の家を訪ねるが水は一度も太陽の家に来ないので、太陽がそのわけをたずねると、水は、家族が大勢なので広い場所でなければ訪ねられない、と答える。そこで太陽と奥さんの月は大きな家を建てるが……。太陽と月が空にあるわけを語るこの話は、南ナイジェリアの地区監督官だった著者がアフリカの民話をもとにつくり上げたもので、絵になっている風俗はアフリカ的であっても一種族、一国家をモデルにしたものではないと言う。水の家族があふれるように次々と訪ねてくるというシンプルな話と、抑制された線と色、プリミティブなモチーフで描かれた絵は、流れるような画面構成でとても美しい。
蚊にばかばかしい話を聞かされたイグワナが、耳に木の枝で栓をしてしまったことから、ヘビがウサギ穴に逃げ込み、びっくりしたウサギが飛び出し、あげくの果てに、夜がいつまでも続くようになり……そして、どうして蚊が耳のそばでぶんぶんいうようになったのかは、読んでのお楽しみ。因果関係で思わぬ展開をするストーリーと、ユニークな擬音語、擬態語のくり返しが楽しい、西アフリカの昔話絵本。動物たちは図案化されているが、表情豊かで見飽きない。くっきりとした色使いの大きな絵、大胆な画面構成で、ページをめくるごとにはっとさせられる。
エチオピアのお話15編を集めた昔話集。寒い山の頂に、食べ物も水も着物も毛布も火もなしに一晩はだかで立っていられたら家畜と土地をやると言われた若者は、見事やりとげるが、向かいの山の火を見ていたと言われ、約束のものをもらえない。機知を働かせた若者が、どうやって約束を果たさせたかという表題作をはじめ、りこう者やまぬけ、ごうつくばりなど、人間味あふれる人々が登場する話はどれも楽しく、クスリと笑ったり、あきれたり感心したりしながら、ひきつけられる。言葉遣いにやや古めかしい部分があり、子どもが自分からは手にとりにくいが、1編読んでやると、ほかの話も読みたくなりそうだ。力強い線画がお話の世界をふくらませている。
『山の上の火』(岩波書店)所収の「しょうぎばん」を絵本化したもの。木の板にいくつかの丸いくぼみをつくったゲームボードを、ここでは原語どおりにガバタ盤と呼んでいる。日本の昔話「わらしべ長者」に似た物語で、主人公の男の子の持っていたものが、人に出会うたびに渡され、違うものとなって手元に戻るのがおもしろい。ガバタ盤からナイフ、槍、馬……と変わっていくのだが、最後はまたガバタ盤が男の子の手元に残り、家に帰るというのが「わらしべ長者」と大きく違うところ。エチオピア伝統絵画を学んだ画家の絵は、人々の暮しや習俗を味わい深く表現し、素朴でくっきりとした物語によく合っている。初版は1986年「こどものとも」。
大きくて力の強い動物と、小さくて弱いカメレオンの知恵比べを、動きのあるユーモラスな絵で語る。動物たちの表情が豊かで楽しい。カメレオンはいつもヒョウとワニに意地悪をされるが、どんなに怒っても彼らには通じない。ある日カメレオンはワニとヒョウをだまし、ハタオリドリにつくってもらったロープをそれぞれにかける。そして体の色を巧みに変えて、ワニとヒョウに引っ張りっこをさせてやっつける。著者の表記はムウェニエ・ハディシとする出版社もある。著者はケニア生まれで、ロンドン大学在学中にアフリカの伝承物語の魅力を再発見する。画家はケニアで育ち、著者との動物寓話絵本で評価を得、本作品でケイト・グリナウェイ賞を受賞。
デンマークのエジプト学者が、「デモティック」と呼ばれる象形文字で書かれた物語を古文書から訳し、再話した絵本。昔、砂漠の中にいた大きくて強いライオンが、人間によってひどい仕打ちにあった動物たちに出会い、腹をたて、人間をさがしに出かけた。その途中、1匹の小さいネズミに出会ったライオンは、小ネズミをふみつぶそうとするが、「命を助けてくれたら、あなたの命も助ける」というネズミの提案を聞き入れ逃がしてやる。ところがライオンは人間の罠にかかってしまい……。マニケ自らが描いた、古代エジプトの壁画・浮彫などの形や色をいかした絵が魅力的。見返しにはこの物語の冒頭がデモティックで書かれている。
西アフリカ、カメルーンのフルベ人の研究をしている著者が、採集してきた口承の物語の中から25話を選んで紹介する。頭がよくてすばしこいウサギやリス、いつも腹をすかせているハイエナなどの動物に託して日常の知恵や振る舞い方を教える話や、精霊の出てくる話などバラエティに富んでいる。物語の語り始め、語り終わりの決まり言葉などもおもしろく、生きた語りとはこのようなものであったのかとわかるのも貴重だ。2003年に国立民族博物館で開かれた特別展覧会「西アフリカおはなし村」で展示された写真、資料などもまとめて掲載され、暮らしぶりや衣食住、音楽などについて、ざっくりと雰囲気を知ることもできる。
中東には、時にはまぬけで時には賢く、時にはトリックスターの役割も果たす人物の物語が、さまざまな形で伝わっている。この本では、ゴハおじさんが登場するエジプトの15編の昔話を紹介。庶民に愛され続けてきたゆかいなおじさんの、おおらかな笑い話や、とんち話が集められている。挿絵は、イスラム教の模様を刺繍したり縫ったりしている伝統工芸の職人がつくった布絵。さまざまな色の布を縫い合わせたアップリケであらわされる動物や人物、そしてゴハおじさんの表情が、ユーモアたっぷりで味わい深く、物語に彩りを添えている。